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松島詩子記念館
柳井駅前の路を、まっすぐ500mくらい行くと、松島詩子記念館があります。

この建物は「周防銀行本店」で明治の後期に建てられたものです。1階は町並み記念館で、2階が松島歌子記念館になっています。

入り口の戸をあけるとこのマットが出迎えてくれました。おいでませ柳井、白壁のまち柳井、そして金魚。柳井観光の一押しの出迎えです。

私が訪れたときは紙芝居を読まれていました。小さなお子さんから観光客風の年輩の方まで静かに聴き入っておられました。「なんの話かな」と注意して聞いてみると、この地方の民話のようでした。

お邪魔にならないようにそっと通って奥に行きました。右に大きなのっぽの古時計がありました。その時計の前に楽器が置いてあります。ドラムにチェロ、キーボード。コンサートでもあるのでしょうか。
あっ、ここにも金魚提灯が飾ってあります。

部屋の中央に街の模型が置いてあります

松島詩子記念館の入り口をくぐると階段です。いかにもレトロな階段を上って二階に行きました。

二階にあがって左手の部屋の写真です。ソファーもテーブルも年代が感じられます。あの額の絵は誰が書いたのでしょうか。またモデルは誰なのかな。
当然のように置かれているピアノにも感心しました。使い込まれている様子に歌手としての情熱をかいま見た思いです。

その隣に居間を再現してありました。畳を見てほっとする私は日本人ですね。

奥の空間には懐かしのポスターが所狭しと展示してありました。

展示品を見終わって帰りがけにこの書が目に入りました。「歌の心」か「心の歌」か分かりませんでしたがどちらも歌手松島詩子にぴったりです。

下に降りてみると紙芝居の読み手が変わっています。先ほどは左手だったのに今は右手です。語り手も女の方から男の方にバトンタッチです。お話は、地名の由来についてでした。
私も興味があったのですが、時間がなくて聞けなかったのが心残りでした。もう一度のんびりと静かな時間をすごしに行きたいと思います。
詳しい地図で見る

この建物は「周防銀行本店」で明治の後期に建てられたものです。1階は町並み記念館で、2階が松島歌子記念館になっています。

入り口の戸をあけるとこのマットが出迎えてくれました。おいでませ柳井、白壁のまち柳井、そして金魚。柳井観光の一押しの出迎えです。

私が訪れたときは紙芝居を読まれていました。小さなお子さんから観光客風の年輩の方まで静かに聴き入っておられました。「なんの話かな」と注意して聞いてみると、この地方の民話のようでした。

お邪魔にならないようにそっと通って奥に行きました。右に大きなのっぽの古時計がありました。その時計の前に楽器が置いてあります。ドラムにチェロ、キーボード。コンサートでもあるのでしょうか。
あっ、ここにも金魚提灯が飾ってあります。

部屋の中央に街の模型が置いてあります

松島詩子記念館の入り口をくぐると階段です。いかにもレトロな階段を上って二階に行きました。

二階にあがって左手の部屋の写真です。ソファーもテーブルも年代が感じられます。あの額の絵は誰が書いたのでしょうか。またモデルは誰なのかな。
当然のように置かれているピアノにも感心しました。使い込まれている様子に歌手としての情熱をかいま見た思いです。

その隣に居間を再現してありました。畳を見てほっとする私は日本人ですね。

奥の空間には懐かしのポスターが所狭しと展示してありました。

展示品を見終わって帰りがけにこの書が目に入りました。「歌の心」か「心の歌」か分かりませんでしたがどちらも歌手松島詩子にぴったりです。

下に降りてみると紙芝居の読み手が変わっています。先ほどは左手だったのに今は右手です。語り手も女の方から男の方にバトンタッチです。お話は、地名の由来についてでした。
私も興味があったのですが、時間がなくて聞けなかったのが心残りでした。もう一度のんびりと静かな時間をすごしに行きたいと思います。
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「柳井」の由来は
「柳井」という地名には、伝説があるそうです。その伝説を尋ねて、「白壁の町並み」と反対方向にある湘江庵(しょうこうあん)というお寺を訪ねてみました。

門の右横の看板には、次のように書いてありました。
柳井という地名は境内の柳と井戸に由来していると伝えられています。豊後国満野長者の娘般若姫は世にも美しい姫でありました。橘豊日皇子(用明天皇)に迎えられて上洛するとき大畠瀬戸で遭難一行は柳井に上陸し、里人の案内でこの井戸の清水を飲まれ楊の枝をさされたものが芽を吹いて以来楊井(柳井)とよばれるようになりました。

その、柳井地名発祥の「柳と井戸」です。

説明には「……この霊水を飲むと長寿が保て般若姫のように美しくなるといわれています」とありました。

あっ……写真は撮ったけど…………お水は飲んでなかったわ!
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門の右横の看板には、次のように書いてありました。
柳井という地名は境内の柳と井戸に由来していると伝えられています。豊後国満野長者の娘般若姫は世にも美しい姫でありました。橘豊日皇子(用明天皇)に迎えられて上洛するとき大畠瀬戸で遭難一行は柳井に上陸し、里人の案内でこの井戸の清水を飲まれ楊の枝をさされたものが芽を吹いて以来楊井(柳井)とよばれるようになりました。

その、柳井地名発祥の「柳と井戸」です。

説明には「……この霊水を飲むと長寿が保て般若姫のように美しくなるといわれています」とありました。

あっ……写真は撮ったけど…………お水は飲んでなかったわ!
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麗都路通り(レトロ通り)
柳井駅から、まっすぐ続くメインストリートを歩いていくと煉瓦敷きの通りが続いています。

ところどころにフラッグが掲げてあって、「麗都路通り」と書いてあります。

10年くらい前までは、ふつうの舗装の道だったように思うのですが、この何年かですっかり装いを変えました。道のあちこちに、イーゼルに油絵のような感じで、昔の建物などが描かれています。

また、駅前にもこの麗都路通りにもブロンズ像が点在していて、まるで美術館の近くを通っているような感じです。

この麗都路通りは、柳井川の手前まで、約170mにわたって続いています。柳井の新たな観光名所ですね。

郵便ポストは、現在の「松島歌子記念館」で昔の「柳井市町並み資料館」さらにさらに昔は「周防銀行本店」として建てられた本物のレトロな建物をモチーフにしています。

ただ、先月、別ブログで「麗都路通り」が柳井市にできていたことを書いたら(写真も文章も別ものです)・・・・「レトロ風の新しい建物」というのが何だか変な感じがしてしまいますね・・・・とのコメント。
でも、何年かたったら本物のレトロになるのでは。その日まで、この通りを大切に保存していって欲しいものですネ。

ところどころにフラッグが掲げてあって、「麗都路通り」と書いてあります。

10年くらい前までは、ふつうの舗装の道だったように思うのですが、この何年かですっかり装いを変えました。道のあちこちに、イーゼルに油絵のような感じで、昔の建物などが描かれています。

また、駅前にもこの麗都路通りにもブロンズ像が点在していて、まるで美術館の近くを通っているような感じです。

この麗都路通りは、柳井川の手前まで、約170mにわたって続いています。柳井の新たな観光名所ですね。

郵便ポストは、現在の「松島歌子記念館」で昔の「柳井市町並み資料館」さらにさらに昔は「周防銀行本店」として建てられた本物のレトロな建物をモチーフにしています。

ただ、先月、別ブログで「麗都路通り」が柳井市にできていたことを書いたら(写真も文章も別ものです)・・・・「レトロ風の新しい建物」というのが何だか変な感じがしてしまいますね・・・・とのコメント。
でも、何年かたったら本物のレトロになるのでは。その日まで、この通りを大切に保存していって欲しいものですネ。